ウェリントンのマオリアートの橋 : City to Sea Bridge

Kia ora

アートの街ウェリントンでは、街のそこかしこにアート作品が展示されています。中には周囲の景色にすっかり溶け込み、アートというよりは街並みの一部となり気づきにくいものもあります。
「 City to Sea Bridge 」 もその中の一つ。眺めのいい橋、憩いの場として市民にはとても愛着ある橋ですが、橋の外観を飾るマオリの彫刻についてはあまり知られてないようです。

これからウェリントンを訪れるという方、それからウェリントン在住の方へ、その「 City to Sea Bridge 」のマオリの彫刻について解説していきます。

背景

●経歴
ウェリントン湾と市の中心地を繋ぐための解決策として、
1984年に* Wellington Civic Trust ( ウエリントン・シビック・トラスト )  が案を一般公募し、橋を掛けることが選ばれました。
橋の設計は Rewi Thompson (レウィ・トンプソン)and John Grey(ジョン・グレイ)、装飾デザインは マオリ・コンテンポラリー・アーティストの Paratene Matchitt ( パラタネ・マチット ) により行われました

* Wellington Civic Trust ( ウエリントン・シビック・トラスト ) 都市環境の保全や改善を目的とする非営利団体。

City to Sea Bridge 」の名で1994年に橋は完成。 Civic Square ( シビック・スクエア ) からWhairepo Lagoon ( ファイレポ・ラグーン ) 間が通じたことにより、ウェリントン湾と市の中心地が繋がりました。
これにより、Civic Square ( シビック・スクエア ) 周辺のMichael Fowler Centre ( マイケル・フォウラー・センター ) , 市役所、図書館や、ウェリントン・アート・ギャラリーなどの公共施設のアクセスが改善されました。

© Stuartyeates from Wikimedia Commons

●マオリアート装飾の理由
橋の装飾にマオリアートが刻まれた理由は、その昔この地域に住んでいた tangata whenua (タンガタ・フェヌア:原住民マオリ族 ) の話など、ウェリントンの過去の歴史を表現する為でした。
大都市ウェリントンの形成に、過去の歴史は不可欠な要素であると認識されているからです。
それ故、橋をマオリの彫刻で装飾することは、当時のウェリントンの将来への展望を象徴するものでした。

(参考文献:https://juliennedickey.wordpress.com/archive-2015/visionary-structures-research/2-paratene-matchitt-city-to-sea-bridge-sculpture/ ) 

マオリ彫刻の特徴

City to Sea Bridge 」には数多くのマオリ彫刻が刻まれています。すべて Paratene Matchitt ( パラタネ・マチット ) によるもので、昔ながらの彫刻とは一風変わった様相、コンテンポラリーなスタイルが特徴です。その中から代表的な彫刻を挙げます。

●鳥
橋の上で二羽の鳥が羽を広げているのは、人々を歓迎していることを象徴しています。

© wonderer

● taniwha(タニファ)
鳥の近くに位置する鯨の形をした彫刻は、マオリ神話に登場する* taniwha(タニファ)  を表しています。背中の部分のみ見ることができるのは、二頭のNgake ( ナケ )  Whātaitai ( ファタイタイ )という名の taniwha(タニファ) が、ウェリントン湾を形作ったと言われる 話に由来します。

© wonderer

* Taniwha(タニファ)
マオリ神話に登場する魔物。他の国の神話のヘビやドラゴンに似ている。海や川、湖に洞窟に隠れて住み、中には人を食べたりするものもいた。

https://teara.govt.nz/en/taniwha#:~:text=Taniwha%20are%20supernatural%20creatures%20in,kill%20people%2C%20or%20kidnap%20women.

● pou ( 柱 )
マオリ語で pou と呼ばれ、その昔マオリ族の慣習では、 pou whenua (彫刻された柱) は部族の間でそれぞれの村の境界線を示すために用いられていました。
City to Sea Bridge 」のpou whenua (彫刻された柱) は、ウェリントンのマオリ族が住んでいた過去の歴史に共鳴するものです。

city to sail bridge © wonderer

この木製の pou ( 柱 ) を飾るのは、三日月、十字架、宵の明星、山、矢が突き刺さり血が滴るハートのシンボルです。

これらのシンボルは、元々ネイピアのミッショナリー・スクールのカソリック尼僧が、地元のマオリ族のために作成した旗に由来します。
キリスト教とマオリ族の両方のシンボルが描かれたユニークな旗は、Te Wepu (the whip 鞭、元気づけるの意)と呼ばれ、幅16m、縦1.2mとかなり大きなものでした。
シンボルの山はニュージーランドを、血が滴るハートはマオリ族の苦しみを象徴します。
( 参考文献:https://nzhistory.govt.nz/media/photo/te-kooti-flag )

Source Alexander Turnbull Library (National Library of New Zealand) from Wikimedia Commons

その後、1860年代にレジスタンス運動を起こしたTe Kooti (テ・コーティ)の旗として使われました。

哲学者であったTe Kooti (テ・コーティ)は、辛抱者に植民化された世界を受け入れるように説いた人です。
Te Kooti の斬新な考え、適応力、それから新しい世界を受け入れようとする包容力は後世まで語り継がれることとなり、ここで紹介している Paratene Matchitt ( パラタネ・マチット ) など、多くのマオリのコンテンポラリー・アーティストに多大な影響を与えています。

「 City to Sea Bridge 」のTe Kooti (テ・コーティ)の旗のシンボルは、ニュージーランドに来た人をすべて受け入れる、つまり明確で際限のないマルチカルチャーの受け入れを示すものだと言えるでしょう。

Paratene Matchitt ( パラタネ・マチット )

Paratene Matchitt ( パラタネ・マチット ) の作品には、「City to Sea Bridge 」に見られるように、Te Kooti のシンボルが数多く用いられています。
シンボル自体が象徴する意味というよりは、
Te Kooti が西洋からの入植者を受けいれたように、マチット自身も、道具や材料、それからモチーフやスタイルにマオリと西洋文化の両方を用いており、共通点があるからだと言われています。
マチットは伝統的なマオリ彫刻ではなく、そこから発展した独自のスタイルを持つコンテンポラリー・アーティストとして製作活動を続けており今後の活躍が期待されます。

●プロフィール
1933年、ギズボーンの Tokomaru Bay ( トコマル・ベイ)にて生まれる。
1956年、オークランドの教師養成学校、その後ダニーディンのアート教師養成学校を卒業。
1964年、ハミルトンで他のマオリアーティストらと一緒に作品を展示する。
代表作は、この「City to Sea Bridge 」の他、オークランドのアオテア・スクエアの外壁がある。

あとがき

こうして紹介したウェリントンのマオリ・コンテンポラリー・アートの代表作とも言える「City to Sea Bridge 」ですが、ここ数年老朽化が著しく進み、一般市民の中から取り壊しの声も上がっています。

pou ( 柱 ) の部分だけでも残ってくれることを切に願うばかりです。

最後に、今回「City to Sea Bridge 」を説明しましたが、ウェリントンの他のアートにも興味のある方は、是非こちらもご覧ください。

Ngā mihi
wonderer

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1997年にNZに渡航。以来住み心地がよく現在に至る。旅行、ホテル業界を経て現在は教育業界に従事。 趣味は、ガーデニング、アートと映画鑑賞、夏のキャンプ旅行。 パートナーと中学生娘とウェリントン在住。