NZを激震した『ワイタンギ条約原理見直し法案』 完全却下、これでマオリ事情一件落着?

Kia ora

ニュージーランドの国家基盤を築く文書ワイタンギ条約を再解釈する法案が、最終的に否決されました。
おおかた予想どおりの結果でしたが、ニュージーランドを激震したこの『ワイタンギ条約原理見直し法案』を巡る一連の騒動は一体何だったのでしょうか?

また、これで一件落着となるのでしょうか?

「ワイタンギ条約原理見直し法案」とは、文字通りニュージーランドの基礎を築く文書であるワイタンギ条約の原理を見直す目的で国会に提出された法案です。
マオリ族の権利を維持する上で重要な役割を果たすワイタンギ条約について、イギリス王室とマオリ族の関係を数十年に渡り発展させてきた司法と政治の原理を無くすことを目的としています。


この法案は2023年に組閣した連立内閣が発案したもので、特にアクト党の党首のDavid Seymour(デイビッド・シーモア)が総選挙のキャンペーン中から条約の見直しを訴えていました

その理由として、
「マオリ族は政治や司法において、そして個人の権利という点でも、他の人種に比べて優遇されている。何故ならばそのようにワイタンギ条約が解釈されているから」と説明しています。

「ワイタンギ条約原理見直し法案」を巡って、ニュージーランドはこれまで次のような経過を辿りました。

  1. 2023年12月、ナショナル、NZファースト、アクトの三党が組閣し、施策の一つとして「ワイタンギ条約原理見直し法案」を提起。
  2. 立憲に至る最初のステップとして、2024年11月14日に国会で first reading (第一次票決)が行われ、与党票が野党の反対票を上回り可決。
  3. 第一次評決の5日後の11月19日、法案に反対する 『Hīkoi mō Te Tiriti /( ワイタンギ条約のためのデモ行進』が行われる。首都ウエリントンの国会議事堂に4万人が集まり、NZ歴史上最大規模のデモ行進となる。
  4. 第一次評決を通過した法案は半年間の間国会の諮問委員会に掛けられる。その間、過去最高の30万以上におよぶ意見書が国民から提出された。

そして今年2025年4月10日に、second reading (第二次評決)が行われました。

評決に入る前に、各党の議員らがスピーチを行いました。アクト党党首のデイビッド・シーモのスピーチの途中に傍聴席にいた反対者の一人が揶揄を入れたため、途中中断されるというハプニングが起こりましたが、そのままシーモアはスピーチを続け、「ニュージーランドの一人一人が平等という真実のためにたたかう」と述べました。

そして国会での第二次評決の結果は、賛成11票、反対票112票と圧倒的な大差で「ワイタンギ条約原理見直し法案」は否決されました。

第二次評決には連立内閣のナショナル党とNZファースト党の議員も反対票を投じています。賛成票の11票は、アクト党議員の票のみでした。

国家の運命を左右する大事な日でしたが、首相の Christopher Luxon (クリストファー・ラクソン)は他に大事な用があるとして欠席、代わりに司法省大臣のPaul Goldsmith(ポール・ゴールドスミス)がナショナル党の代表として出席し、「法案はデリケートな事柄に雑なやり方で対応したものと」とコメントを残したほどでした。

また、国会で票数が読み上げられ否決が告げられた時、一般傍聴席の人々と一緒に議員も党派に関係なくマオリのワイアタTūtira Mai Ngā Iwi」 を歌って祝い、議事堂全体が喜ばしい勝利の瞬間で沸きました。

圧倒的多数で「ワイタンギ条約原理見直し法案」は却下となったのですが、この結果について各党は次のように反応しています。

🔷 与党側

  • アクト党
    「愛国心や、難題に取り組む勇気と明確なポリシーを持つ党を誇りに思う。
    他の党も真似して法案を支持することをチャレンジして欲しい」
  • ナショナル党
    「ニュージーランドは、ワイタンギ条約の役割に関する議論に耐えることができないほど脆弱ではない。大事なことは潔く議論する姿勢であり、いつかその方法を見つけることができると確信している。」

と、アクト党は勿論、第二次評決で「ワイタンギ条約原理見直し法案」に反対側に回ったナショナル党も、ワイタンギ条約そのものに関する議論を行う姿勢が見られます。

🔷 野党側

  • 労働党
    「国家の構造にとてつもない衝撃を与え、ニュージーランドの歴史に汚点を残した。この法案はマオリ人が特別に優遇されているという偽りの神話に基づいたものである。マオリ人は寿命、家の所有、健康、教育、収入などのあらゆる指標でマオリでない人に比べ低いという事実があるのに。連立政権を組んでいる国民党とNZファースト党は、この法案を早い段階で阻止すべきであった。」

  • マオリ党
    この一連の出来事は、人種や年齢、性別といったあらゆる階層の人々の感情に引火し、反響し、結果として何千万人もの反対の声により法案が消え去った。が、同時に法案が提出されて以来、イギリス王室や、法律、また学識者、政治家からの擁護を無くしマオリ族の権利を弱めようとするアンチ・マオリ運動も駆り立てた。もし可決されていれば、ワイタンギ条約審査会で定められている法律に市場最大の違反行為となっていたであろう。」

当たり前ですが、労働党、マオリ党はこの動きそのものに真っ向から反対しています。
尚、労働党がマオリ人優遇説の否定する根拠に、平等と公平さの違いがあります。
平等と公平の違いについて分りわすく説明していますので、是非下の記事をクリックして読んでみて下さい。

「ワイタンギ条約原理見直し法案」はこれでもう日の目を見ることはありませんが、これですべてが完結したのでしょうか?
連立内閣と、マオリ運動家のコメントを比べてみましょう。

🔷 連立内閣について

上記の各党からのコメントからわかるように、アクト党もナショナル党も、「人種ではなく、全国民が平等に」をスローガンにし、恐らく来年の総選挙にキャンペーンを張るか、もしくは権利について法律上の明確な規定を求めようとするだろうと予想されています。

🔷 マオリ運動家の見解

今回の「ワイタンギ条約原理見直し法案」に反対するNZ史上最大のデモ行進 Hīkoi mō Te Tiriti の立役者 Eru Kapa-Kingi(エル・カパ・キンギ)も、ワイタンギ条約に関する戦いはまだまだ続くと語っています。

その理由として、

  • 2023年に連立内閣が発足して以来、マオリ人の健康や福祉の向上の為の施策の徹底的な見直し、公共機関でマオリ語の使用を縮小、マオリ機関への財政支援削減など、広範囲においてマオリ人に対する措置が取られている。
  • 今回却下された「ワイタンギ条約原理見直し法案」の他にも、アクト党が提起した「regulatory standards bill(規制基準法案)」は、表面上は生産性と基準の高さを挙げる為だが、実際はイギリス王室のマオリ人への義務よりも個人資産の利潤が優先されると、学識者やマオリリーダーは解釈している

ことを挙げていますが、一方で

この一連の「ワイタンギ条約原理見直し法案」の出来事が、マオリ以外の人々にも衝撃を与えマオリを支持する反応があったことから、将来の先住民族の権利について希望が見えた。
去年だけでもマオリ人を差別や軽蔑したり、またマオリ人の権利を無くすといったことを高らかに叫ぶ人がいたが、今では、そういう人々は騒がしいだけのマイノリティーになっている

と、楽観的な見方をしています。

(出典)https://www.theguardian.com/world/2025/apr/10/treaty-principles-bill-voted-down-in-new-zealand-parliament-maori

結局は廃案となった「ワイタンギ条約原理見直し法案」、ここまで大騒動した価値があったのでしょうか?

傍から見るとお金と時間の無駄という人もいるかもしれませんが、この機会を通じてワイタンギ条約とは、人権とは何か、それから平等と公平さの違いを学ぶなど、ニュージーランドの強みとも言える民主主義を体験することができたと思います。

また、そうした皆さんの体験にこのブロブが少しでも役に立てれば嬉しく思います。

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ABOUTこの記事をかいた人

1997年にNZに渡航。以来住み心地がよく現在に至る。旅行、ホテル業界を経て現在は教育業界に従事。 趣味は、ガーデニング、アートと映画鑑賞、夏のキャンプ旅行。 パートナーと中学生娘とウェリントン在住。