NZ社会女性の立場が強い理由:選挙編

National Council of Women from Wikimedia Commons

Kia Ora

10月17日の総選挙まで残すところ2週間となりました。
今年2020年の選挙戦は、労働党は Jacinda Arden女史、国民党は Judith Collins 女史と、ニュージーランドの2大政党が女性を党首に擁し、どちらの党が選挙で勝っても、新政権は引き続き女性の首相になります。
いかにも男女平等で柔和なニュージーランドの社会らしいですよね。


ところで、ニュージーランドは世界でいち早く女性が参政権を持つようになった国として知られていますが、女性に被選挙権を与えられた、つまり女性が政治家として国の政に参加できるようになったのも世界で初めてです。

女性が投票権を持つようになったのは1893年、被選挙権は1919年のことです。

この編では、女性が参政権を確立した経緯と、その女性参政権運動の中心人物 Kate Sheppard ( ケイト・シェパード ) を紹介します。


 NZの選挙の歴史


まずは、ニュージーランドの選挙の流れを紹介します。

1853 年 ニュージーランド初の総選挙開催

 Governor George Grey ( ジョージ・グレイ*総督 ) の下、5年毎に選挙が行われ議院内閣制が敷かれる。
但し投票者は、イギリスの法律に習い投票者は土地を保有する21歳以上の男性のみ。
24の選挙区域で計 5849人が投票。

* 総督 : 大英帝国のエリザベス女王に代わって植民地の政治・軍事を司る役目。植民地の長となる。

1879 年 21歳以上の全ての男性に投票権が与えられる

土地所有者のみでなく労働階級者にも選挙権が拡大。
これにより、男性人口の71%に当たる82,271人が選挙権を持つことになる。
また、労働階級者が参政することで、議院や政治の特徴も変化し始める。

1893 年 女性に投票権が与えられる

Governor, Lord Glasgow ( 総督であるグラスゴー卿 ) の元、世界初となる女性に参政権を与える法案が可決。

1919年、女性が被選挙権を得る

Image by John Mounsey from Pixabay

 Kate Sheppard ( ケイト・シェパード )


ニュージーランドの女性は、
世界に先駆け1893年に投票権を得た訳ですが、そこに行き着くまで、婦人参政権活動家たちの8年間に渡る並々ならぬ努力があってのことでした。

その婦人参政権活動家の中心人物が Kate Sheppard ( ケイト・シェパード ) になります。
名前に聞き覚えが無くても、10ドル紙幣の女性として馴染みがあることでしょう。

ここからはその Kate Sheppard ( ケイト・シェパード ) と婦人参政権活動を説明になります。

 生い立ち

Katherine Wilson Malcom ( キャサリン・ウィルソン・マルコム )1848年3月10日生まれ 、 1934年7月13日没。
イギリスのリバプールに生まれ、1868年20歳の時に家族と共にニュージーランドのクライストチャーチに移住。1871年に結婚し、姓が Sheppard となる。

 婦人参政権活動

– 1885年 * Woman’s Christian Temperance Union (WCTU : 女性のキリスト教禁酒同盟 )の運動の一環として、NZをツアーしているアメリカ人女性運動家の Mary Leavitt ( メアリーレビット)の力強い講演を聞き、 ケイト・シェパードも同団体のWCTUに加入。クライストチャーチ支部を発足する。
レビットのように、アルコール消費による社会問題と社会に女性の声の必要さを説くようになる。

 * Woman’s Christian Temperance Union
(WCTU : 女性のキリスト教禁酒同盟 )
当時は男性の多くは日雇い労働者で、その日の内に日銭を飲酒に使い女子供のいる家庭はないがしろにされているのが普通であった。この為女子供の待遇を改善しようと、アルコール販売の制限を訴える目的で設立された。

– 1887 年  WCTUの国家監督に就任。
次第に、女性参政権立案に向けて推進活動に取り組むようになる。
新聞に記事を書いたり、全国を飛び回って演説しながら国会議員に陳情する。精錬した記事や説得力のある演説のおかげで次第に支持者を増やす。

– 1992年 支持者の数が20,000を超え、国会に嘆願者を提出。
が、女性の役割は、家庭で夫と子供の面倒を見て、料理して掃除するのが仕事だと言う理由で、陳情は却下される。

– 1893 年 32,000人の女性の署名を集め国会に提出。
270メートルにも及ぶ嘆願書が劇的に広げられる。
当時の首相 Richard Seddon ( リチャード・セドン ) は、女性が政治に口を挟むとアルコール業界の利益の損失に繋がるとして反対するが、最終的に新しい法案が議会を通過し9月19日に正式に定められる。
このニュージーランドの女性参政権は世界各国に飛び火することになる。

– 1896 年 ニュージーランド女性評議会が発足。 ケイト・シェパードは初代会長に就任。
男女平等の結婚や女性の女性議員の選出などを説いた。

後にイギリスへ渡航しイギリスの婦人参政権運動を支える

ー 1919年、女性に被選挙権が与えられる

-1934年 ニュージーランドのクライストチャーチで死去

– 1991年   ケイト・シェパードはエリザベス2世に代わって10ドル紙幣の表面に掲載される

– 1993 年 クライストチャーチに他の5人の女性参政権活動家と共に銅像が建立される

Kate Sheppard Memorial from Wikimedia Commons

 まとめ

 

ケイト・シェパード の経歴を読んで、こんにち私たち女性が投票権、被選挙権を持っていることは、彼女のたゆまない信念と努力の賜物であることが分かっていただけかと思います。

因みにその当時母国であるイギリスでは、婦人参政権活動家が投獄された例もあるくらいです。

そのイギリスで女性の投票権が認められたのは1918年、アメリカ合衆国は1920年、そして日本は1945年です。

それからニュージーランドでは2017年の総選挙後、女性の国会議員の数が38%とこれも世界で最も高い率を示しました。
また、首相、総督、議員議長、検事総長、主席判事など国の機関の長をすべて女性が治めていたこともあるほどです。

ケイト・シェパードの話に戻りますが、彼女が貢献したのは選挙活動だけではありません。
女性の離婚や避妊の権利、女性の体を締め付けるコルセットの廃止、自転車に乗ったり運動するなど女性の待遇の改善に向けて精力的に働きました。

現在私たちが何気なく行う日常的な事も、ケイト・シェパードと彼女の同胞の活動の恩恵に授かるものがあるということです。

こうしてせっかく手に入れた権利ですので、皆さん来たる10月17日の総選挙では是非投票に臨みましょう!

Alexas_FotosによるPixabayからの画像

尚、今年の総選挙の日は、選挙と同時にリファレンダムも一緒に行われています。
リファレンダムは娯楽目的のマリファナの使用と安楽死についてです。
こちらも特集を組んでますので、是非併せてご覧下さい。

Ngā mihi
wonderer

 

 

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1997年にNZに渡航。以来住み心地がよく現在に至る。旅行、ホテル業界を経て現在は教育業界に従事。 趣味は、ガーデニング、アートと映画鑑賞、夏のキャンプ旅行。 パートナーと中学生娘とウェリントン在住。