盗まれたマオリ族の頭蓋骨 ( モコモカイ ) ニュージーランドへようやく帰還

Kia ora

このほど海外の博物館に収集されていたマオリ族の先祖の頭蓋骨がニュージーランドに帰還しました。
頭蓋骨はマオリ語で mokomokai ( モコモカイ)と呼ばれます。

この編では、その mokomokai ( モコモカイ)と、mokomokai が海外に流出した背景、それからニュージーランドへ帰還の模様などを詳しく解説していきます。

64個の頭蓋骨がNZに帰還

10月2日ウェリントンのテパパ国立博物館にて、海外から帰還したマオリ族の先祖の64個の頭蓋骨を迎える powhiri ( ポフィリ:歓迎式)が行われました。
頭蓋骨はマオリ語でmokomokai ( モコモカイ)と呼ばれ、顔に彫られている入れ墨が特徴です。
夜明けに行われたポフィリでは、それぞれ箱に入った モコモカイ は会場であるマラエに
厳かに運ばれると、マオリの慣習にのっとり亜麻や鳥の毛で織られた外套着が掛けられました。
この64個の モコモカイ は130年もの間オーストリアの首都ウィーンの自然博物館に収められていたもので、70年間にも及ぶ交渉の末、ようやくニュージーランドのマオリ族の子孫の元に返される運びとなりました。

テパパのマオリ総長であるDr Arapata Hakiwai ( アラパタ・ハキワイ)博士は、これまでモコモカイ が海外に流出したことに対する憤りや、蔑みなど関係者一同の間に交差していた様々な感情が一転し、ただただ祖先が戻ってきた喜びに変わったと語っています。

( 出典 : https://www.rnz.co.nz/news/national/475922/maori-and-moriori-remains-finally-returned-to-aotearoa )

Mokomokai (モコモカイ)について

Mokomokai( モコモカイ) は保存されたマオリ族の人間の頭、特にtā moko (ター・モコ:入れ墨が施された顔)を持つ頭蓋骨を指します。Toi moko (トイ・モコ)とも呼ばれることがあります。

tā moko ( ター・モコ)はマオリ族独特の入れ墨が施された顔のことで、現在普及している方法と異なり、鳥の骨で出来た鑿(のみ)で皮膚やその下の骨まで削って色をつけていました。その為皮膚だけでなく顔の骨にも入れ墨の模様が刻まれています。また部族の首長や選ばれた人のみがtā moko を持ち、模様はその個人と部族の関係を表現することから各人によって違います。

慣習として tā moko ( ター・モコ)を施した人が亡くなると、その頭は薫製にして保存されました。脳と目を取り除き、大動脈は亜麻の繊維や樹液で固めた後に、煮沸もしくは蒸した後に天火で乾かし、仕上げに鮫の油でワックスがけされました。

このような過程を経て出来上がった mokomokaiは大事に保管され、神聖な儀式に用いられることもありました。

戦争で打ち倒したtā moko ( ター・モコ)を施した敵の首長の頭も戦利品として保存されました。マラエで晒しものとして扱われ、また人質として大事な外交手段としても用いられました。 

* tā moko ( ター・モコ)の詳細についてはこちらをご覧ください。

海外に流出した背景

mokomokai (モコモカイ)を最初に手にした西洋人は、イギリスの動植物学者ジョセフ・バンクスです。1770年にキャプテン・クックとともにエンデバー号でニュージーランドを訪れたバンクスは白いリネンと14歳の少年の頭蓋骨を交換しました。
イギリスでエキゾチックなニュージーランドの骨董品として紹介されると、頭蓋骨に入れ墨があるモコモカイは多くの見識者の間で注目を浴びました。
それ以来1840 年にワイタンギ条約が締結され公式にニュージーランドが大英帝国の植民地となるまで、モコモカイは海外に流出し続けました。

◎ マスケット銃

Sketch by H.G. Robley of Maoris bargaining about mokomokai. via Wikipedia

◎ 墓荒らしによる密輸

西欧社会での需要に対し、マオリ族と直接交渉せずに モコモカイを密輸する西欧人も現れました。
有名な密売人にオーストラリアからニュージーランドに渡った剥製師のAndreas Reischek (アンドレアス・レイジェック) がいます。言葉巧みにマオリ族を説得し彼らの土地に自由に出入りができたレイジェックは、数年に渡って密かにマオリ先祖の埋葬地を堀り起こし、頭蓋骨や他の体の部分や装飾品などを盗んではヨーロッパに送っていました。レイジェックの日記には彼はマオリ文化を欺く行為だと承知の上で行っており、また一ヵ所で49体盗んだ事、盗んだ頭蓋骨はオーストリアのウイーンの自然博物館に売られことが記録されています。
このレイジェックの密猟が明るみになったのは、1930年代に入ってレイジェックの息子が日記を訳して出版しようとした時です。
これを知った時のマオリ族の心の痛みは大変なもので、トラウマになる程のショックと深い悲しみに陥ったと語られています。

◎ コレクション

Robley_with_mokomokai_collection_2 via Wikimeda

mokomokai (モコモカイ)のコレクターとして有名なHoratio Gordon Robley ( ホレイシオ・ゴードン・ロブリイ)はイギリス軍陸軍少将で、1860年に土地戦争を抑えるためニュージーランドに滞在しました。優れた画家でまた民族学に興味を持ち特にマオリ族の入れ墨に魅了されてロブリィは、入れ墨の詳細を丁寧に記録し、1896年に有名な Moko ( マオリ族の入れ墨)というタイトルの小冊子を発行しました。上の写真でわかるように、ロブリイは40個余りのモコモカイもコレクションとして所有していました。これらのロブリイのモコモカイはアメリカ自然史博物館 に売却され、た2014年にニュージーランドに返還されています。

Mokomokai repatriation/ 帰還

海外に流出したマオリ族の mokomokai がニュージーランドに帰還することは、repatriation (リパトリエイション)と呼ばれます。

帰還の際は、まずテパパ国立博物館の*マラエで帰還を迎える*powhiri ( ポフィリ:歓迎式)が行われ、復旧などしかるべき作業が施された後に各々の部族の元に戻って埋葬されます。

今回帰還した64個の モコモカイは、墓から盗まれてウィーンの自然博物館に売られた頭蓋骨です。盗人レイジェックの日記が公開され初めてことのあらましを知ったマオリ族は、第二次世界大戦中にヨーロッパ諸国の安定の為に戦った際に、ウィーン自然博物館に返還を求めましたが拒否されました。その後も再三嘆願し、ようやく2017年に新しくウィーン博物館の世界コレクション部門長が任命されたのを機に今回の返還の運びとなりました。

これまでに世界各国の博物館から600個のほどのモコモカイ がマオリ族の元に返還されていますが、まだ世界各地の博物館に眠っているものがあるそうです。

こうした repatriation (リパトリエイション)の動きはマオリ族のモコモカイみならず世界各国の文化遺産についても広がりつつあります。
モコモカイ などが収集された当時は、西欧社会において、衰退の一途を辿っている先住民文化を記録するという大義名分が振りかざされていました。現在では、その行為が盗用に当たるとして原住民の子孫より訴求されています。

今回モコモカイを返還したウィーン博物館の世界コレクション部門長Dr Sabine Eggers ( サビン・エッガーズ)博士は、ヨーロッパ各国の博物館は植民地の遺品を所持しているのは不適切な行為であると悟り始めていると語っています。

( 出典:https://www.rnz.co.nz/news/national/475922/maori-and-moriori-remains-finally-returned-to-aotearoa )

*マラエとポフィリの詳細についてはこちらをご覧ください。

あとがき

これまでニュージーランドのマオリ族の先祖の頭、モコモカイについて説明してきましたが、世界の博物館にはモコモカイだけでなくアフリカの先住民族の文化遺産など、同じような背景で原住民の手を離れて展示されているものが沢山あります。これらの展示品も元の持ち主である先住民族の元に戻る日が早く来ることを願うばかりです。

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1997年にNZに渡航。以来住み心地がよく現在に至る。旅行、ホテル業界を経て現在は教育業界に従事。 趣味は、ガーデニング、アートと映画鑑賞、夏のキャンプ旅行。 パートナーと中学生娘とウェリントン在住。