ニュージーランドでは国会開催中にマオリ伝統舞踏のハカを踊ったとして、マオリ党の国会議員3名が最高21日間の停職処分を受けています。
この処罰は過去に前例がないほど厳しく、そして理不尽であるとして、マオリ党だけでなくニュージーランド社会にショックを与えました。
この編では、ことの真相に迫るべく一連の出来事を詳しく解説していきます。
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はじめに
Kia ora
去年11月、国会の議会開催中に野党のマオリ党議員3人が票決に反対してマオリ族の伝統舞踏 Haka ( ハカ)を踊りました。
そしてこのほどその3議員に 21日間の停職処分が下されました。過去には他の議員を殴ろうとした議員が受けたのは3日間の停職処分でしたので、今回のこの処罰はかなり厳しいものです。
このため、マオリ党だけでなく国内で紛糾する声が上がり、海外のメディアでも大きく取り上げられたほどです。
処罰の要因はただ単に国会でハカを踊ったからでしょうか?それにしては厳しすぎます。他に何かあるのでしょうか?

▼ ハカとマオリ族
ことの真相に入る前に、まずはマオリ人にとってハカの意義について説明します。
ハカはニュージーランド先住民マオリ族に古くから伝わる民族舞踊です。
ハカはマオリの言葉で、“Kia korero te katoa o te tinana.” (全身全霊を使って表現する)と定義されているようにただ踊るのではなく、手や足を叩き、時には足を踏み鳴らしたり、目玉を大きく動かしたり、舌を出したり、それから大声で張り上げたりと身体のあらゆる部位をつかって表現します。
またハカの中で繰り返される言葉にも色々な意味が込めらめており、ほとんどのハカは先祖や部族の歴史を詩にして言葉を紡いでいます。
ハカは、その昔は異なる部族が出会う場面で行われました。戦場で敵と戦う前に士気を高める一方、*マラエと呼ばれるマオリ族の聖域で双方の部族が和平を結ぶ際にもハカが披露されていました。このようにハカには色々なバリエーションがあります。
自身を鼓舞するとともに相手を威嚇するハカはウォークライ(鬨の声)と呼ばれ、ニュージーランド代表のラグビーチーム、オールブラックスのおかげで世界中に定着していますが、ハカは一般的なマオリ族の民族舞踊であり、こんにちのニュージーランド社会では、冠婚葬祭の場や様々な場面で演じられています。
▼ 原因は「ワイタンギ条約原理見直し法案」
そのハカをマオリ党の3議員が国会議会中に踊り、議会を中断したことにより今回の厳しい処罰を受けたのですが、なぜ彼らはそのようなことをしたのでしょうか?
ニュージーランドは長年、先住民の権利擁護で称賛されていますが、現政権(ラクソン政権)の下、マオリ社会との関係は緊張状態が続いています。
ラクソン政権は、マオリの保健サービス向上を目指す団体の解散計画など、マオリを支援するプログラムへの資金削減を批判されています。
それだけではなく、この緊張の中心となっているのが、2023年12月に提出された「ワイタンギ条約原理見直し法案」です。この法案は、1840年にイギリス王室とマオリのリーダーらが署名したワイタンギ条約の原則を法的に定義することを目指していました。 この法案を提出した右派政党アクトなど、「ワイタンギ条約原理見直し法案」擁護派は、「マオリ族は政治や司法において、そして個人の権利という点でも、他の人種に比べて優遇されている。何故ならばそのようにワイタンギ条約が解釈されているから」と、再解釈する必要があると主張していました。
しかし、批評家たちは提案されている法案こそが分断を招き、多くのマオリにとって切実に必要とされている保護制度の崩壊につながると指摘し、全国的な反対運動が広まりました。それを象徴づけたのが、2024年11月に行われた参加者4万人からなる国内最大規模の「ヒコイ」(平和的な抗議行進)でした。ヒコイの数日前に、国会で は与党票が野党の反対票を上回り法案は第一次評決を通ったものの、今年2025年4月に行われた第二次評決では、圧倒的多数でこの法案は否決されています。
▼ 厳しい停職処分を受けた一連の事件
1. 国会でハカ
前置きが長くなりましたが実際に今回の騒動の元となる出来事が起こったのは、その去年11月に行われた「ワイタンギ条約原理見直し法案」の第一次評決中でした。
第一次票決中に、マオリ党のHana-Rawhiti Maipi-Clarke ( ハナ・ラウィティ・マイピ・クラーク)議員が『Treaty Principles Bill/ワイタンギ条約原理見直し法案』の文書を破り、同党の共同党首 Rawiri Waitit ( ラウィリ・ワイティティ)氏とDebbie Ngarewa-Packer ( デビー・ナレワ・パッカー ) 氏と一緒に、発起人のACT党党主の David Seymour ( ディビッド・シーモア)に対してハカを演じました。
この為国会が一時中断され、また労働党のマオリ議員がシーモア党首をなじり強制的に退席させられるなど、波乱に富んだ票決となりました。
下の動画には一連の騒動が上手く収められていますので、是非クリックしてご覧ください。
このハカは世界中のメディにセンセーションを巻き起こし、中でも22歳の最年少の女性議員マイピ=クラーク議員は時の人となりました。
2. 特権委員会からの勧告
ですが、上の動画でジェリー・ブラウンリー議長の「勘弁してくれよ」と言わんばかりの表情でわかるかと思いますが、このハカは国会では問題視されました。
議長が投票を妨げる行為は許しがたいとし、また、与党のナショナルやアクト党の議員が「威嚇されたとして」訴えたことにより、この件は特権委員会で審査されることになりました。
特権委員会とは、議員による不適切な行為や議員特権の濫用疑惑を調査する組織です。議会から付託された事項を審議し、証人から証言を聴取します。 委員会が議会に提出する報告書は大きな影響力を持ち、その勧告は通常採択されます。
その特権委員会がマオリ党議員3名を「厳重に非難されるべき」と停職処分を勧告したのです。
具体的には、ハカを始めたマイピ=クラーク議員は7日間、そしてマオリ党の共同党首のナレワ=パッカー氏とワイティティ氏には21日間の停職処分が与えられました。
このような過去に例がない厳しい処罰が下された理由に、三人が度重なる特権委員会の会議に諮問されても応じなかったことも原因の一つとして挙げられています。
3. 国会で議論
特権委員会の勧告は、ジェリー・ブラウンリー国会議長でさえ「前例のない厳しい処分」として、3人に議論を通じて合意に達するよう促したほどです。
与党のナショナル党は、もちろん特権委員会の勧告通りを支持したため、議会では激しい議論が繰り広げられました。
労働党のマオリ人議員がテ・パティ・マオリに対し、彼らを愛していると述べつつも、妥協と謝罪を求めたほどです。
が、当のマオリ党の3人は謝罪どころか妥協することもなかったため、結局特権委員会の勧告通り厳しい処分が決定しました。
彼らは、特権委員会には5回の上訴しましたが、刑罰軽減の手段として謝罪を要求されたことは一度もなかったと主張しています。

▼ 両者の声
∴ マオリ党
21日間の停職処分を受けたナレワ=パッカー党首は特権委員会は「道を見失い、また偏向している」と述べ、このため特権委員会の公聴会に出席せず、代わりに委員会に書簡を送った理由だと示唆しています。
また、「私たちは、マオリであることを隠さず、マオリの人々が私たちに何を求め、何を期待しているかを最優先するという立場を取っています。ですので今回の件はマオリであるという理由で罰せられてきた」 とBBCのインタビューに答えています。
ワイティティ議員は、「あなた方は私を21日間この議会から追放することはできるが、この運動を追放することはできない」と述べ、再びハカを踊るかどうか尋ねられると、ハカはリハーサルしたものではないと述べ、「私たちのティカンガ(行動規範)には、ハカ以外にも使えるものがたくさんある」と付け加えました。
またハカの張本人のマイピ=クラーク議員は「私たちは決して沈黙させられることも、見捨てられることもありません。私たちの声はこの議会には大きすぎるのでしょうか。だから罰せられるのでしょうか?」 と涙をこらえながら語っています。

∴ 与党
クリストファー・ラクソン首相は当時、委員会の裁定は「人種差別的」だという非難を否定し、問題は「ハカの問題ではなく、政党が議会の規則に従っていないこと」だとコメントしています。
一方ウィンストン・ピーターズ首相代行は、マオリ党について「過激派の集団であり、ニュージーランドとマオリ世界は彼らにうんざりしている」と述べています。ですが、ワイティティ氏の顔に施されている tā moko (マオリ族の伝統的な入れ墨)を「顔に落書き」とコメントしたことについては謝罪しています。
あとがき
どうか皆さんに事の真相を知っていただきたく長々と書いてしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
議会を中断させたことに対しての処罰はやむを得ないと思います。事実なので。ですが、ハカに「威圧された」というのはどうでしょうか?
ここで紹介しているように、もともとハカは威圧的な踊りです。そしてニュージーランドの住人なら、特に政治家であれば色々な場面でもっと気合いの入ったハカを間近で見てるはずです。どう見ても、マオリ党3議員のハカはそこまで威圧的には見えません。
ですので、威圧的だというのは単なる口実であって、ただ単にハカを国会に持ち込んだことが気に入らなかったのではないかと思います。「ここは神聖なる国会である。ハカをする場所ではない」と。
ですがハカはマオリ族の慣習、そして文化であって、ワイタンギ条約で保証されています。
この事件は、現在の政府がマオリ族を抑圧することを象徴する出来事だと言ってよいかと思います。
Ngā mihi
wonderer