カズオ・イシグロの世界を画像で堪能:映画『生きるLIVING』感想

Kia ora

今回の映画レビューは『生きるLiving』。

黒澤明監督の『生きる』を、ノーベル賞作家カズオ・イシグロが書き直し、オリバー・ハーマナスが監督。戦後のイギリスを舞台に感情を表に出さず社会の歯車として淡々に生きる男性の心の機微を細やかに描写。カズオ・イシグロの文学が画像として堪能できます。

シネマファンのみならず、カズオ・イシグロファンもお見逃しなく。

   映画情報

製作年2022年/製作国:イギリス/言語:英語/時間:103分/ジャンル: ヒューマンドラマ
原題:Living
配給: 東宝
監督 : オリバー・ハーマナス
脚本 :カズオ・イシグロ
原作 : 黒澤明
出演者 : ビル・ナイリー、エイミー・ルー・ウッド、アレックス・シャープ、トム・バークス

   あらすじ

1953年、第2次世界大戦後のロンドンが舞台。ウィリアムズ(ビル・ナイ)は、役所に勤める官僚として仕事に追われる日々を送っている。ある日がんで余命半年であることを宣言されたことをきっかけに、自分の人生を見つめ直し残りの余生を後悔のないようにまっとうしようとする。

 感想

『生きるLiving 』は兼ねてから旧知の中であるオリバー・ハーマナス監督と脚本を担当したカズオ・イシグロが、レストランで黒澤明や小津安二郎監督の話で熱く議論を交わしている所に、ひょっこり偶然にビル・ナイが現れたことがきっかけで生まれた映画だそうです。
イシグロ・カズオはビル・ナイにインスピレーションを得たわけですが、自分自身が脚本を担当することについては最初は拒んだとか。
ハーマナス監督の説得で了承し、主人公はビル・ナイを想定して書き上げました。

舞台を原作の日本からイギリスに移しても、もしかしたら逆にイギリスが舞台だからこそと思えるほど、社会の歯車として淡々に生きる男性の人生と心の機微が鮮やかに描写。


そして、その主人公のビル・ナイの演技はお見事の一言。
感情を抑えた昔の古きイングリッシュ・ジェントルマンの役に、ビル・ナイの他に思い付く俳優が見当たらないほど。

残念ながらアカデミー賞主演男優賞は『ザ・ホエール』を主演したブレンダン・フレイザーが受賞したため逃しましたが、奇しくも『生きるLiving 』も『ザ・ホエール』も短い余生を自分に正直に生きる男性の有様という同じようなテーマ。一方は戦後のイギリス、もう一方は現代のアメリカ合衆国を背景とし、それぞれの社会のしくみは勿論、個人の表現の仕方も全く異なります。その点で『生きるLiving 』と『ザ・ホエール』の双方を比較しながら観てみると面白いでしょう。

最後に、『生きるLiving 』は、カズオ・イシグロの文体がそのまま映像化されたといってもいいほどイシグロの世界が充分に堪能できます。
イシグロファン必見です。

   監督/脚本/出演者プロフィール

  ◯ 監督 : オリバー・ハーマナス 

Oliver Hermanus  1983年サウスアフリカ共和国の首都のケープタウンに生まれる。両親はアパルトヘイトに対する黒人民族運動を啓蒙するアフリカ民族会議政党の活動家であった。ケープタウン大学で映画、メディア、映像を学んだ後に、英国のロンドン・フィルム・スクールで映画の修士号を取得。09年のデビュー作品「Shirley Adams」国際映画祭に出品、国際的に注目を得る。その後 2011年「Skoonheid」、2019年「Moffie」を監督、そして2022年の黒澤明監督作「生きる」をリバイバルしカズオ・イシグロの脚本の「生きる LIVING」を監督。

  ◯ 脚本:カズオ・イシグロ

Sir Kazuo Ishiguro (石黒 一雄)イギリスの小説家、脚本家。1954年長崎市に生まれる。5歳の時に海洋学者である父親の仕事の関係でイギリスに移住。1974年にケント大学英文学科、1980年にイースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。卒業後はミュージシャンの夢をあきらめ、社会福祉事の仕事に就く傍ら、作家活動を始める。1980年短編小説「不思議に、ときには悲しく」でデビュー。1982年、長編小説『女たちの遠い夏/遠い山なみの光』 で王立文学協会賞を受賞。1983年、イギリスに帰化[。1986年、長編第2作『浮世の画家』 でウィットブレッド賞を受賞。同年結婚する。1989年3作目の『日の名残り』で35歳の若さでブッカー賞授賞。アンソニー・ホプキンス主演で映画化。その後も『わたしたちが孤児だったころ』『わたしを離さないで』などのベストセラー小説を執筆。2017年ノーベル文学賞を受賞。

  ◯ 主演: ビル・ナイ

Bill Nighy, 本名: William Francis Nighy 。1949年イギリスのサリー州に生まれる。ジャーナリストの夢に挫折し演劇の道に転校。演劇学校卒業後、1975年映画デビュー。2003年公開の『ラブ・アクチュアリー』で英国アカデミー賞 助演男優賞、2006年のテレビ映画『ナターシャの歌に』でゴールデングローブ賞主演男優賞受賞。その後ハリウッドに進出し、『アンダーワールド』、『パイレーツ・オブ・カリビアン』、『アバウト・タイム』出演。『Living 生きる』の好演で、アカデミー賞主演男優賞にノミネート。ラジオ番組や舞台劇でも活躍している。

 あとがき

カズオ・イシグロの最新小説『クララとお日さま』がソニー・ピクチャーズの元で映画化が決定したと報道されましたが、今の時点では撮影に入ってないどころかキャスティングなども決まってないようです。

個人的にこの『クララとお日さま』はイシグロの作品の中で最も気に入った小説なので、是非とも映画として製作して欲しいと願っている今日この頃です。

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ABOUTこの記事をかいた人

1997年にNZに渡航。以来住み心地がよく現在に至る。旅行、ホテル業界を経て現在は教育業界に従事。 趣味は、ガーデニング、アートと映画鑑賞、夏のキャンプ旅行。 パートナーと中学生娘とウェリントン在住。