NZの歴史を変えた 金星の観測:テパパの新アート

Kia ora

テパパにこの程新しく展示されたアート『 Pursuit of Venus [infected] 』が、今地元ウェリントンで大反響を呼んでいます。

『 Pursuit of Venus [infected] 』は、パノラマ画面のデジタル・フィルムで、南太平洋の島々の原住民とヨーロッパ人の初期の交流を再現しています。

2015年、現代美術展の最高峰として有名な ヴェネツィア・ビエンナーレでNZ代表として展示され、その後ロンドン、パリの美術館を巡り、このほどようやくホームのNZに戻って来ました。

その『 Pursuit of Venus [infected] 』と、この作品の背景にあるNZの歴史を解説します。

 アート :『Pursuit of Venus』

NZの首都ウェリントンのテパパ国立博物館の5階のアート画廊で、このほど『Pursuit of Venus [infected] 』が公開されました。

Pursuit of Venus [infected] 』の日本語の直訳は金星の追跡( 感染 ) ですが、実際に目にするのは10メートル以上にも広がるパノラマ・デジタル・フィルム。

そしてそのフィルムでは、18世紀後半のイギリスの探検家キャプテン・クックと、 ニュージーランドや他のポリネシア諸島の原住民との交流している様子が、まるで目の前で繰り広げられているかのように鮮明に表現されています。

ご存じのように、キャプテン・クックはタヒチで金星を観測するために南太平洋を航海。その後NZや他の島々に上陸し人類の歴史に大きな軌跡を残したのですが、その当時の島々の模様が一目瞭然。「百聞は一見に如かず」の表現がぴったりのアートです。

この『Pursuit of Venus [infected] 』は、マオリのコンテンポラリー・アーティスト、Lisa Reihana (リサ レイハナ)によって製作されました。
19世紀初頭にヨーロッパで大流行した壁紙 を見てアイデアを得たと言います。
下の写真はその壁紙の一部です。ヨーロッパ人が探検家が南太平洋諸島を訪問した様子が、牧歌的にヨーロッパ人の観点で描かれています。当時は探検家の記録が表わされた教養のある壁紙として、裕福な階級の間でもてはやされたそうです。

Joseph_Defour_et_Cie_-_Les_Sauvages_de_la_Mer_Pacifique-

この壁紙にインスピレーションを得て、ヨーロッパ人の願望からではなく、南太平洋の島の原住民の視点から、また21世紀の文明に基づいて現実的にデジタルで表現されたのが、『Pursuit of Venus [infected] 』になります。

この『Pursuit of Venus [infected] 』は、2015年に現代美術展の最高峰である ヴェネツィア・ビエンナーレにてNZの代表作品として展示。大航海時代の大英帝国側と当時の南大平洋の島々の原住民が交流する歴史的なイベントを納めた美しいデジタル・アートとして、話題になりました。

その後も、ロンドン、パリ、オーストラリアの美術館で展示され、アートファンのみならず歴史ファンを魅了しています。

 タヒチの金星の観測の背景


イギリスのキャプテン・クックはタヒチ島で金星の観測のために南太平洋の島々を訪れたと上述しましたが、その背景を簡単に説明します。

 ▼ 何故金星の観測?

1609年に「天文学の父」とうたわれるイタリアの天文学・物理学者のガリレオ・ガリレイ(1564〜1642年)が、望遠鏡を用いて天体観測を行い、翌年金星の満ち欠けと見かけの大きさの変化を発見し、天動説を証明しました。

これを契機に、ヨーロッパの諸国では天文学の研究が盛んに行われるようになり、その一環として、地球と太陽の間の距離(1天文単位)を算出するため、金星の太陽面通過を観察するようになりました。

金星の太陽面通過とは、金星が地球と太陽の真ん中に位置することで、黒い円形のシルエットに見える天文現象。とても稀な現象ゆえに、1761年と1769年の太陽面通過時には世界各地に天文学者が派遣されました。

その1769年の金星の太陽面面通過を観測する為に、イギリスの王立協会から王室天文官(グリニッジ天文台長)の助手と共にタヒチに派遣されたのがキャプテン・クックになります。

キャプテン・クックの肖像画

キャプテン・クックら一行は、1769年に4月3日にエンデバー号でタヒチに到着し、6月3日の太陽面通過を観測しました。観測が上手くいけば、軌道の計算に基づいて他の惑星と太陽の間の距離も判る筈でした。
ですが、快晴だったものの観測器具の解像度が乏しく、正確な観測値が得られず残念な結果に終わってしまいました。

 ▼ NZの植民地化

タヒチの天体観測が終わると、クックはすぐさま次のミッションに就きました。そのミッションとは、海軍司令部の命令でオーストラリア大陸を発見すること。当時オーストラリアは、南半球の伝説上の大陸テラ・アウストラリスと呼ばれ、ヨーロッパの各国が富を手に入れようと狙っていました。そこで大英帝国は他の国を出し抜くために、今回の金星観測という大義面分をカモフラージュに、南太平洋を探検したという訳です。

そうしてクックは、1769年10月6日にニュージーランドに到着。ヨーロッパ人としては1642年のオランダ商人エイベル・タスマンについで二人目になります。
クックは10年の間に3度航海し、イギリス王室にNZの正確な海洋チャートと豊富な自然の詳細なレポートを提出しました。

間もなくNZは楽園の地としてイギリスから入植者が移住することとなり、その結果として原住民のマオリ族は1640年に*ワイタンギ条約を締結、事実上イギリスの植民地となりました。

お分かりのように、タヒチの金星の観測はNZや南太平洋諸島の歴史を変える伏線となる大きな出来事だったという訳です。

* ワイタンギ条約の詳細はこちらをご覧ください。

 

 アーティスト  リサ・レイハナ

Lisa Marie Reihana (リサ・マリー・レイハナ)ニュージーランドを代表するマオリアーテスト。
1964年、オークランドのBlockhouse Bay に生まれる。

1987年にオークランド大学の Elam School of Fine Arts ( イーラム・スクール・オブ・ファイン・アート)を卒業し、その後 Unitec Institute of Technologyでデザインを専攻し博士号を取得。
写真、フィルム、デジタルなど多岐にわたる媒体を用いてマオリアートを製作。海外の美術館でも広く展示され世界中で高く評価されている。2014年、Arts Foundation of New Zealandよりアート賞を受賞する。

2015年、制作時間に6年の年月を要した『 Pursuit of Venus [infected] 』が、オークランド・アート・ギャラリーに展示。過去最高の動員数を記録。シンガポールのアート賞の最終選考に残る。
2017年、『 Pursuit of Venus [infected] 』はヴェネツィア・ビエンナーレ展に展示。世界の名声を得る。
2018年、イギリス王室より勲章を受章。

* 下記のサイトで詳しく見ることができます
https://www.lisareihana.com/

 あとがき



説明が長くなってしまいましたが、『Pursuit of Venus [infected] 』はヨーロッパの概念を覆すべく、原住民の観点から歴史を表現したアートと言えるでしょう。

余談ですが、このビデオには、キャプテン・クックが三度目の航海中にハワイの原住民との間のいざこざが元で命を落とた模様も含まれています。

『Pursuit of Venus [infected] 』は、テパパ国立博物館の5階のアート画廊で2022年3月27日まで展示されています。入場料は無料です。
この夏ウェリントンを訪れる方は、お見逃しなく。

Ngā mihi
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ABOUTこの記事をかいた人

1997年にNZに渡航。以来住み心地がよく現在に至る。旅行、ホテル業界を経て現在は教育業界に従事。 趣味は、ガーデニング、アートと映画鑑賞、夏のキャンプ旅行。 パートナーと中学生娘とウェリントン在住。