Kia ora
お隣の国オーストラリアで、マオリ族の肖像画が史上最高値の1億5千万円で落札されました。
購入したのはマオリ族の血を引く一個人で、しかも所有や投資目的ではなくニュージーランドの部族の元に帰還するためだと報じられています。
この編では、そうまでして肖像画を帰還するマオリ族の真意に迫ります。
目次
はじめに
ニュージーランドの文化と歴史を語ると言っても過言ではないマオリ族の肖像画が オーストラリアからニュージーランドに帰還します。
その肖像画はニュージーランド国外で競売に出るということで物議を醸しだし、またオークションの結果、市場最高値の1,800,000NZドル(日本円で1億5千万円相当)で落札されたことでも話題になりました。
落札したのは肖像画のモデルと同じ部族に祖先を持つマオリ人です。
そこまで高い値段を払って買った肖像画、一体どんな価値があるのでしょうか。。。
1億5千万円のマオリ肖像画とは
まず最初に、1億5千万円で競り落とされたマオリの肖像画について詳しく紹介します。
肖像画『夢想:エナ・テ パパヒ』
肖像画のタイトルは『Reverie : Ena te Papatahi a Ngapuhi Chieftainess ( 夢想:ナー・プヒ部族の首長の娘 エナ・テ パタタヒ ) 』で、Charles Frederick Goldie ( チャールズ・フレデリック・ゴールディ)により1916年に描かれました。
縦 45.7cm 横40.7cmの大きさの肖像画には、エナが paepae(マオリの彫刻が施された玄関口)の前に座って物思いにふける様子が描かれています。
エナは 北島の Northlandの部族の Tāmati Wāka Neneという有名な酋長の姪に当たり、 tukutuku panel (トゥクトゥク・パネル : マラエの壁の編み込み )や織物の名手として知られていました。
絵画『夢想』では、如何にも画家ゴールディの作品らしく、モデルのエナの moko kauae(モコ・カウエ:マオリ女性の顎の入れ墨)などの細部まできめ細やかに描かれています。
画家のゴールディは19世紀後半から20世紀にかけてニュージーランドの歴史上もっとも重要なアーティストと言われています。
そしてエナはそのゴールディが贔屓にしていたモデルの一人で、エナが描かれている絵画は20点近くにのぼります。
オークションに至るまで
ゴールディの肖像画『夢想』は1916年に完成するとオークランドの展示会に出展され、およそ50NZドル(4,500円相当)の値段でイギリスの個人収集家に売られました。
それから約100年後の2019年にオーストラリアの国立美術館で開催された「Tā Moko :マオリ族の入れ墨」で展示されています。
最初はオークランドで競売に掛けられる予定でしたが、もしNZ国外のバイヤーが買った場合や万が一売れなかった場合、* NZ国外に持ち出すことが不可能な為、オーストラリアでオークションに掛けられることになりました。
*補足
1976年に制定されたマオリ文化遺産法令により、社会的に重要な意義のあるものを海外に輸出することは禁じられています。ですがそれ以前に流出し国外で所有されているものに対しては無効です。
マオリ族にとって肖像画とは
オークション落札者にとって
肖像画『夢想』をゴールディの絵画としては史上最高の値段で競り落としたのは、Chris & Virginia Anderson (クリス・バージニア・アンダーソン夫妻) です。
クリス・アンダーソン氏は、モデルのエナと同じ Ngāpuhi 族の血を引きます。ニュージーランドのWhakatāne(ファカターネ:北島のBay of Plenty にある町) で育ち、父親が所有していたホテルの廊下一面に飾られたゴールディの絵のポスターに、「いつも驚嘆しながら見とれていた」おり、いつか、ポスターではなくほんもののゴールディの絵を所有することが夢になったそうです。
『夢想』を買おうと決心したのは、「モデルのエナが自分の祖母だったら、肖像画を外国の他人の居間に飾りたいだろうか」と思ったのがきっかけだとか。
現在は『夢想』をニュージーランドへ運ぶ方法をエナの親族と話し合っている最中で、
「絵をニュージーランドに帰還することは、(二度とNZ国外に出すことができず)価値が低くなり、経済面では自殺行為にも等しいが、それでも構わない。自身は所有者としてでなく管理人として、エナの親族がアクセスできるように展示するつもりであり、自分の家に飾ることはない」
と語っています。
簡単に言えば、祖先の肖像画を自身のためでなく部族のために、大枚をはたいて買い戻したということになります。
マオリ族の価値観
これまで、ゴールディが描いた『夢想』にまつわる話を取り上げて紹介してきました。
次にその背景ともなるマオリ族の肖像画に対する一般概念について説明します。
マオリ語で現在でもよく使われる言葉に Mauri ( マウリ ) があります。
この Mauriには生命力、生命の本質を指し、マオリ文化の中ではとても重要な意味を持ちます。
この Mauri、生命力・生命の本質 は、人や動植物などの生き物だけでなく人が精魂込めて作ったもの、例えば pounamu ( ポウナム:グリーンストーン ) の装飾品などにも応用されます。
写真や肖像画もモデルの生命が反映されたものであり、Mauri に当てはまります。
西欧文化の概念ではこの mauri は理解しがたく、中にはたかが写真、たかが肖像画ではないかという人もいる位です。マオリ族にとって祖先の写真や肖像画は、西欧人にとって祖先の骨と同じ意味を持つと言えば納得してもらえるかもしれません。
ですので、『 夢想』をニュージーランドの部族の元に戻すことは、エナの骨を子孫に返すことと同じ意義があります。
が、その一方でマオリ族は写真や絵画などの使い道をよく知らされず、写真や絵画のモデルになっていたことも知られています。中には画像が贈答用の品に転写もされていました。
今回紹介した『夢想』についても、モデルのエナを直接描かれたオリジナルですが、どのようなコンディションや特許条件でゴールディが描いたのかは定かではありません。
ゴールディの肖像画では、モデルのマオリは、西欧社会に同化し衰退しつつあるマオリ文化を表現するため、ロマンティックながらもわざと落胆しているようなポーズを取らされています。
にも関わらず、マオリ族にとってゴールディの絵画は彼ら先祖の魂がこもった taonga ( タオンガ:宝 ) であり、特別な意味があります。
画家のゴールディについて
それではここで、ニュージーランドの歴史上最も卓越した画家として称賛されるゴールディという人物を見てみましょう。
プロフィール
Charles Frederick Goldie (チャールズ・フレデリック・ゴールディ)。1870年オークランドに生まれる。祖父は当時オークランドの名所であった風車を所有。父親は木材の行商に成功、後に政治家になりオークランドの市長を勤めた。母親は趣味でアートを手掛け息子のアートの才能を伸ばすことに熱心であった。オークランド・グラマー・スクール在学中に数々のアート賞を受賞。その後家業を手伝いながらパート・タイムで画家の元で修行。当時のニュージーランド総督Sir George Grey (ジョージ・グレイ)の目に留まったのを機に、展示会に出品した後パリの名門校 Académie Julian で学んだ。学校では裸体やルーブル美術館の巨匠の絵を真似し、当時流行していた印象派の技法に全く影響を受けなかった。1988年に帰国しオークランドで “French Academy of Art” を発足。その緻密な技法でマオリ部族の肖像画の担い手としての地位を確立した。1920年50歳の時に15歳年下の女性オーストラリアで結婚。その後鉛白による鉛中毒に体調を損なう。1930年代にはロンドンでも個展を開き、1935 年に国王ジョージ5世から大英帝国勲章を授与される。1941年76歳で死去。
ゴールディとマオリ族の関係
ゴールディはマオリ族の肖像画に生涯を捧げたと言っても過言ではありません。マオリ語を流暢に話したゴールディは、地方に出掛けてマラエ(マオリの集会所)で一緒に寝泊まりしながらモデルをスケッチしたり写真を撮ることもありました。
オークランドの自身のスタジオで描いたモデルの多くは、マオリ族の土地所有を扱う裁判所に出てきた地方の部族のリーダーでした。そのおかげで、ゴールディの絵にはマオリ社会で地位があることを示す Tā moko (マオリの伝統的な顔の入れ墨)を持った年配のマオリが頻繁に登場します。当時は植民地化の影響を受けてTā mokoの慣習が薄れTā mokoは年配者にしか見られなかった為、ゴールディの絵は入植者の目を引きました。
マオリ文化を崇める一心からマオリ文化を記録し、名実ともに肖像画家としての地位を確立したゴールディですが、一方で評論家により厳しい批判を受けました。
その批判の理由として、19世紀後半に下降したマオリ族の人口は20世紀に入ると増加し、更に若者の中には躍起になって政治活動を構成する若者が台頭するなど、マオリ文化の復興の兆しがありました。
そのため、ゴールディの肖像画で表現されている内容は、西欧社会の教育と文化に影響を受けた者から見た価値観で、マオリ族自身が経験した人生や真実でないと非難されました。
加えて晩年には、モデルが他界したりもしくは年老い過ぎていた為、写真や古い作品を元に製作していたことも挙げられます。
肖像画が盗まれた事件
例に漏れず、ゴールディの肖像画が盗まれて世間を騒がせたこともあります。
2年ほど前にハミルトンの個人宅に強盗が押し入り、ゴールディの絵画「 Sleep ‘tis a Gentle Thing 」が、他のアンティークと一緒に盗まれました。幸いその絵画は2カ月後に警察に押収された後に所有者の手元に戻りました。
何でもその肖像画は2010年に 288,000 NZドル( で が $1,500,000 (2千5百万円相当)で購入されていたそうです。
あとがき
今回ゴールディが描いたマオリ人の肖像画を通じて、マオリ独特の mauri の価値観に触れました。
この mauriは、日本の森羅万象観をもう少し膨らませた概念だと言ってもいいかもしれません。
機会があれば是非 mauri について紹介したいと思っています。
これからもどうぞよろしくお願いします。
Ngā mihi
wonderer
https://www.nzherald.co.nz/nz/it-will-never-be-sold-charles-goldie-painting-sells-for-a-record-18-million-will-return-to-new-zealand/NROI2CQJFJADZFEZO33OPSLSCE/
https://www.1news.co.nz/2021/01/14/goldie-painting-worth-over-15-million-stolen-in-hamilton-heist/